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湯河原・真鶴の野生生物を観察し、写真に記録すること。
半農半漁が夢とずっと言ってきたけど、

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写真は2年間以上放置されてた畑の今の状況。一面背丈2メートルほどの草や笹がびっしり生えていたのを私と仲間夫婦の3人で刈ったのだ。そしたら健康を崩し病院通いしてまったく顔を見せなかった畑のおばあさんがひょっこり現れた。それから毎日のようにみえ、今は午前中から夕方までせっせと草取りなどやっている。この婆さん、地主では無く、昔近所に住んでいた人である。我が家は写真右端に見える家の手前にあり我が家の裏の畑となる。で、地主さんから自由に使ってくださいと言われているが、こりゃーおばあさんに返すしかないかなと思ったのだ。で、おばあさんと車で送ってきた娘さんと話してたら、娘さんから奥の3分の1を婆さんにやらしてもらい、手前3分の2を私にやってくださいとなったのだ。「どうせ婆さんすぐできなくなるから」とのこと。しかし、あまり無理してもらっても困るが、ライバル心からか、ホントに病気だったのと思うぐらい元気になってしまったのだ。これっていいことしたのだろうか?

で、私の方は他の仲間にも声をかけ、全体のとりまとめ役一人とその知り合い夫婦、私の知り合い夫婦2組、もう一人機械に詳しい仕事を引退し週に何日か暇なおじさんの計8人で運営することに。私は忙しかったせいもあり、まだ何も耕してないが、何かママゴト程度に植え、あとはみんなの収穫から少しずつ頂いて行こうかと狙っている。ま、地元周辺住民は知らない人が出入りするからはじめ戸惑っていたものの次第に顔も覚えてもらい、今のところトラブルも無く、しかしことはゆったりと進んでいる。

ここは住宅に囲まれた空き地で、元みかん畑。周辺のどこにもこんな畑はないから貴重な土地でもある。近所の人も何ができるか楽しみにしている人がいるかも。もう少しカメラを右に振れば海が見え、景色もなかなかのもので、12月12日にはここでバーベキューをやろうと言うことになっている。けど静かにゆったりとしたいね。この畑から私の船まで歩いて5、6分。お店までも5分ほど。半農半漁が夢とずっと言ってきたけど、船も立派なのができたし、まあ形だけでも夢がかなった気分である。

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やっと福浦港に落ち着き、4日、6日と釣り船を。

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(川岡さん撮影)
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以前から予約が入っていた10名のお客さんを乗せるべく、最後の仕上げ、漁船登録などギリギリで済ませ、4日初釣りへ出た。この日は凪で魚も少し釣れ、船の取り回しにもなんとか慣れ、5ヶ月間空けたリハビリ釣りはまあ成功したような。続けて6日もお客をやり、10日にも10人予定してたが台風のため中止し、8日真鶴港へ避難した。釣りの間の7日は福浦の漁師を大勢乗せ、2箇所の龍宮さんの前で3回半回りお神酒を船にかけ、安全大漁を祈願した。それから16、17名で駅前の焼肉屋へ行き日頃お世話になっているお礼の飲み会をやったのだ。(と言ってもお祝いでお釣りが)。その後一部が雑魚番屋へ雪崩れ込んだが、翌日網漁がある若い衆が来られなかったのが残念だった。とまれ、船は浮いて仕事ができる状態になったのだ。ただ細かいところはこれから詰めていくことになる。船はとても快適で取り回しもよく、綺麗だし、以前から欲しかった性能や機能がほぼ満たされた。で今大変気分がいいのだ。

船は出来た。でも私には船以外に懸案のテーマがいくつかある。一つはもうすぐ丸3年の雑魚番屋。ここで料理修行や研究をしてみたいと思いつつ、つい飲む方の側に回ってしまうのだ。これを少し改善したい。で、最近僚船から釣った魚を食べさせて欲しいと言う釣り客をちょくちょく頼まれるので、竹蔵丸でも客に広めようかと思っている。これは手早く捌いて刺身、煮魚、焼き魚、フライなど造る練習になるし、客に大変喜ばれるのがいい。その間は酒も飲めないしね。あと、美味しい物とはなんぞや、ってのもあり、あまり美味しいものを食ってこなかったこれまでの人生からの再探訪をしてみたい。歯が悪くなってからやる話じゃないだろうが、ってのも言えるが、幸い味はよくわかるし硬いものも大丈夫。

で、もう一つ。30年も言い続けている半農半漁。失敗ばかり重ねてきた半農だが、我が家の裏の空き地で畑をやっていたおばさんが3年ほど前から草も刈らずに茫茫に。おばさんは地主から借りてたがもう高齢で続けられなくなったよう。そこで地主に連絡し、私が後を引き継ぐことに。この空き地、200坪と言われているが、車は入らないから家は建てられないし、地主には厄介ものらしい。でも200坪を一人ではやりきれない。今仲間と草刈りをしているが、船のことが忙しくて7割ほどで止まっている。草刈機やミニ耕運機はあるし、伸びた笹の根を取りはらえば立派な畑になるだろうが、ここは焦る必要もなくのんびりやってみようと思っている。ここで、美味しい野菜とはなんぞや、が分かるようになるかも。

みんな、ありがとね。
佐賀から9泊10日かけて福浦まで船を運んできた。

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大荒れの豊後水道。釣り船など一艘も見えず貸し切り状態。
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瀬戸大橋は凪で釣り船もたくさん居た。

梅雨明け前の日本列島に前線が覆いかぶさる中、佐賀で求めた中古船をカミさんと二人で福浦港まで運んできた。と言うのも、5月の連休中に竹蔵丸が回復不能な故障をしてしまい、次の船を求めることになったため。ただ始めは回航業者に頼むつもりだったが、調べたら70万円ぐらいかそれ以上の費用がかかりそうで、なら昔取った杵柄で、自分で運ぶかとなったのだ。かみさんに聞いたら一緒に行くと言うので、まあ1日でダウンするだろうと思ったが、とりあえず羽田から佐賀まで行き唐津焼でも見て旨いものでも食おうと決定。何しろ70万円分の予算があるし・・・。

で、走り始めたのだが、一日凪が続く事は無く、荒れた海の中を走ることの方が多かった。かみさんは船の中で転がったり頭を打ったりしてたが、最後まで酔わず、6日の行程を乗り切った。この新たな船はエンジンが少し大きく最大25ノット、巡航22ノットと漁船としたら最高クラスの走り。前の船など15ノットが最大で、巡航11〜12ノットがせいぜい。でもそれは凪の時で荒れたら10ノットになるから大変だったし、予定した港に届かずパソコンを見ながら寄港地を探して行ったのだ。

そしてやっと地元へ戻ってのだが、また別の大変が。何しろ釣り船としての機能が一切無く、あらゆるところを改良改築。例えばトイレ、スパンカ(帆)、釣り座席、魚群探知機などなどまったく無い。そんでこれらを取り付け、やっと使えるようになったのが写真の船。まだ船名を貼ってないが、もうあと10日ぐらいで船をおろすところまできた。もう老体となりつつある私にとってこの船が最後となるだろう。なので私なりに精一杯偽装し、船全体にウレタン塗装をほどこしたりした。

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しかし、この一二年の私の老化はどうしたものだろう。目・歯はもちろんのこと、足の弱体化、両手首の腱鞘炎は指の力を無くし、痛むし包丁を磨く力さえなくなってきた。これはホントに困ったことで、最近は包丁を耐水ペーパーで磨き、鏡面にするのもままならない。なのでこのブログもすっかりご無沙汰になってしまったが、懸念の船も復活しそうだし、雑魚番屋も潰れずあるしで、これからゆるりと始動していこうと思うのだ。

それと、この船を偽装するのに何日も東京から通ってくれたコバちゃんをはじめ、じい、塗装の鈴木さんグループ、光電製作所の森口さんなどに大変なお世話になり感謝しております。そのあたり雑誌の記事として載せるかもしれません。ホントにありがとうございました。
「ヤブレガサ」と雑魚番屋の「握り7貫」と包丁研ぎ

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「ヤブレガサ」が傘を開こうとしている。これの天ぷらは甘くて美味しい。

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ネタを大きくできれば両サイドを締められ、きれいになるが、それがなかなか難しくて・・・。

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下が最近ヤフオクで手に入れた「へんこつや」の出刃。柳や出刃の切っ先3寸の曲面を平に研ぐのは難しい。

世間はコロナウィルスですごいことになりつつあるが、私の方も釣り船が減り、雑魚番屋の客の無い日があったりでこれからどうなるんだ状態。しかし、考えてみれば人間も生物の摂理の中にあるわけで、海の中でイワシが毎日他の魚のエサとして大量に食べられているのと同じで、ウィルスの食料とされているのだろう。また、魚や野生動物に寄生虫を飼っているものもたくさんあり、ちょっと違うかもしれないが似たような構図ではなかろうか。まあ、ウィルスは単純な構造から生物でないとされるけど、宿主は必要だし、感染るわけだから私にとっては同じようなもの。人間の大腸の中にも億の数の菌類がいるのだがコロナは強毒で目に見えないから怖い。

そんな世情の中でも私は時々林道へ行って山菜を採ったり、釣った魚の料理や、包丁研ぎの練習をしたりで、のんびりと過ごしている。写真上は山菜の「ヤブレガサ」まだ出始めでどれもこれから傘を開いて行こうとする力強さを感じる。若さだね。今年はフキノトウで出遅れ地元で栽培したのを農協で買ったが、タラノメはたくさん採れた。太くて長く伸びてないのが天ぷらに最高だ。ワラビはまだで数本見ただけであとしばらくかかるようだった。森は桜は終わったがこれから新緑に染まってくる良い季節、なんだがね・・・。

写真中は最近よく作るようになった握り。まだ団子七兄弟の域を抜けないがお客さんに試食してもらい「とても美味しい」とお世辞を頂いている。寿司作りの問題点はいくつかあるが、いま練習中なのがネタの切りつけ方。私の場合、釣魚の小さめなものが多いので、ネタが小さくなり気味で、大きさも揃わないことが常だ。魚の柵の筋から順目や逆目を見極め、包丁をよく寝かせ、出来上がる形を想像しつつ、刃元から切っ先まで長く使い引く。背側を下に置くか上にするかし、高い山を外に手前を低くが普通、とかも問題である。このへんがしっかりしないときれいなそぎ身が取れないのだ。それと、魚によって切りつけ方や包丁の方法も違うことも多い。例えば今は何とかできるようになったがサバやアジの薄皮を残した皮の引き方。イカに鹿の子切りをしないととても硬くて食べられないのもあるし、先日は1,4キロのアオリイカの厚い身を3枚にへぐのになんとか成功した。また、お客が水深200mの海底から釣り上げた5キロの大ダコの足を1本もらい、これを塩揉みして茹でたが、こんなのも大切な下処理だ。

最後の写真下は雑魚番屋のブログにも載せたが、最近手に入れた「へんこつや」出刃と片刃和包丁の切っ先3寸の研ぎ方のこと。柳刃や出刃の切っ先3寸の曲面(シノギ筋から刃先までの切り刃)を砥石だけで研ぐのが難しく、ごく最近まで写真のよななだらかな曲面にならなかった。曲面に平な砥石を当てたら接点は一本の幅のある線となる。しかも包丁は切っ先方向へ段々薄くなっているから曲がりの強いところはごく細い線の接点だ。この砥石との角度や力の入れ加減で、色々な筋痕が付いてしまい、ヘタッピーの研ぎは切っ先3寸の切り刃が凸凹し光の乱反射状態になるのだ。で、これが平に研げるようになったらここからが包丁研ぎ本番の始まりだ。まずは刃付けで、切り刃をベタに研いでカエリが全面に出るようにする。カエリを出さないぐらいの研ぎの時でも刃先を爪に当てて滑るところが無いようにする。これで新聞紙がスッースッーと引っかからず切れるようになる。新聞紙を切るのは硬いコピー用紙などより難しく、滑るところがあればすぐ引っかかる。このぐらいの刃が付けば上出来だろうと思う。私の場合、出刃は刃元側1/3は40度ぐらいの段刃にしてあるからその調整が必要だ。そして最後は永切れを狙い糸切り刃を付けて終わりにするが、私はこれが怖くてなかなか上達しないのだ。せっかくよく切れる直刃にしたのに30度ぐらいに包丁を立てて砥石に当て、刃先を鈍角にするのだから失敗するともう一度一から研ぎ直しなんてことにもなる。雑魚番屋はお客は少ないとはいえ、魚は一般家庭より遥かに多く捌くから直刃ではすぐ切れ止まりする。まあちょいちょいっと仕上げ砥を当てるだけで復活するから糸刃にしなくてもいいかもしれなが、カエリのバリが取れないのもあり、糸刃付けでバリ取りする状態。この時の力の入れ加減が難しい。このあたりまで出来てやっと一人前の包丁研ぎなのだろう。



夜、店から帰る途中線路脇の茂みで鳥の悲鳴が!

2007 3 22
白銀林道での古い写真

先日、雑魚番屋の帰り道、11時過ぎだったろか、真鶴駅裏の林の中から鳥が何者かに襲われ悲鳴を上げた。線路の反対側の135号線沿いを湯河原方向へ歩いていた時だが、聞いたことない鳴き声でしかもデカかった。鳴き終えるまで耳にしてたが、小鳥ではないし鳩でもなさそう。で、これは同所で朝などよく鳴いてるコジュケイでまず間違いないだろうと思えた。そして、襲ったのは誰か考えてみた。まず浮かんだのがハクビシンとネコ、キツネ。テンやタヌキも候補に上がるが、タヌキが生きた鳥を襲うのは考えずらいし、テンがわざわざ人家の間を縫って駅裏まで降りてくる確率も低そう。とすると、ハクビシン、ネコ、キツネだが、ネコが小鳥を襲うのを見ることはあってもハトはない。なので、ネコは除外。キツネは時に人家近くに現れることもあるようだが、行動半径4キロ(私の観察では6、7キロ)といわれる中にねぐらがあるように思えない。で、一番可能性が高いのが周辺によく見られるハクビシン。我が家の庭でも時に気配を感じるし、裏の畑や早朝港に降りる道路でも目撃したし、フンはあちこちで発見できるほど。ま、キツネを完全に除外できないが、コジュケイを襲ったのはハクビシンの可能性がまず一番ではないだろうか。森で発見するハクビシンの糞内容は木の実や小動物がほとんどだが、街中のハクビシンはより肉食の回数が多いのじゃないかと漠然と思っている。近年子猫の鳴き声を聞かなくなったと思いませんか。渋谷や新宿のハクビシン、港周辺のハクビシンなどは何を食べているんだろ?