湯河原・真鶴の野生生物を観察し、写真に記録すること。
「白銀林道/野生生物探検記」14

●リスの住む森

17、野生生物探検隊を発足する

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大勢で自然観察するとまず動物には出合えないが、たくさんの目が私が気付かないものを発見し驚かされる。
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フクロウの巣から取り出したペリットを林道に広げて観察しているところ。主にネズミが多かったがのちに隊長がリスの骨も発見。


 初めてハクビシンを見た翌年の2008年1月、神奈川県藤沢市在住の動物学者福田史夫さんに隊長就任をお願いし、私が隊員で「湯河原・真鶴/野生生物探検隊」を発足させた。昔から探検や冒険的なことが好きでいつかは⚪︎⚪︎探検隊を作ってみたいと思ってたから、チャンスだしいい歳だけど遊び心でやってみることにした。
 この頃リス観察も一人でやるには手詰まり状態となり、あちこち野生動物関連のホームページを探していたら、若い頃湯河原の森でサルを何年も追いかけた霊長類学者で「箱根山のサル」の著書もある福田さんを知ったのだ。福田さんは湯河原の森のほとんどを歩かれているし、動物全般に詳しいし、まさに私の先生として願ったり叶ったりだった。
 そのあとすぐに若い頃同じプロダクションで仕事したk-ta(ニックネーム)とその夫である鈴木庸夫(いさお)氏も隊員になってくれ、鈴木氏は著書のたくさんある植物写真家だし、k-ta隊員も手伝っているから植物に詳しいし、かなり本格的な探検隊ができあがったのだ。
 その後も清川村に住み植物や鳥を観察し清川村の植物図鑑を出されている藤田千代子さん、厚木市在住で藤田さんと親しいこちらもかなり自然に詳しい博物館の手伝いなどされている酒井さん、隊長の専門学校での教え子、矢部さん、柏木獣医らが加わり人数も増え強力な布陣になったのだ。
 藤田さんは丹沢の麓の清川村在住だからちょくちょく自然観察されているが驚かされるのが酒井さんで、厚木から宮ヶ瀬ビジターセンター(たしか)へ手伝いに通う早朝、一人であちこちの森へ入り植物観察をされていたこと。また柏木獣医は正式な隊員ではないけど、箱根仙石原で野生動物専門の動物病院を開かれている素晴らしい方で、リスとムササビの切歯の写真をくださったり私の写真展をのぞかれたりした。
 探検隊の名前を「湯河原・真鶴」としたのは私の自然観察は地元だけにほぼ限定してるからで、他の隊員にはただの「野生生物探検隊」でいいのである。
 このメンバーで林道を歩くともう大変。ともかくあちこちで何かに引っ掛かり喧々諤々と検討が始まり、めずらしいものがあると本格的な撮影もするしで、ちっとも前へ進まないのだ。その上、植物の話など会話がちんぷんかんぷんで何を話しているかすら分からなかったりする。でも、とても楽しいし、勉強になることばかり。
 当時、私は植物オンチで何も知らず、たとえば「これ何?」と聞いたら全員が振り返って大きな声で「ええっ、アオキを知らないの!」って具合に呆れられたりした。アオキってどこにでもある植物で自然観察する人は誰でも知ってるものだったのだ。これが何度も続いたので、isa隊員が新刊の「日本の野草300」冬・春編、夏・秋編2冊をプレゼントしてくれたのを機に一念発起して植物を覚えることにした。
 動物や鳥、昆虫のエサは植物が多いから名前が分からないと理解が進まないし、糞の中の植物の種を見ても食べたものがさっぱりだと、これも情けない。後にisa隊員は「種子と果実」の本を出したから、これも大変助かったし、「樹木図鑑」や「樹皮と冬芽」もくれ大いに救われた。
 また、初めて見た植物をブログに載せて質問するとすぐに藤田さんやk-ta隊員が教えて下さり、とても助けられた。私の場合、花ではなく植物そのものを手当たり次第に見ていったから、葉や茎で同定することが多く、図鑑だけでははっきりしないものが多かったのだ。
 マツ枯れが進み、リスを直接観察するのがたいへん厳しい状態となった頃から3、4年間植物中心の観察が続いたのである。このおかげで難しいイネ科やカヤツリグサ科、シダ類を除いた草木の名前が少し分かるようになり、森の理解が一歩進んだかもしれない。
 隊長は隊長でいまホームグランドとしている丹沢の山々を毎週歩き、主に動物の糞を拾いその内容物を調査されている。結果はブログ「故有事」にその都度アップされているが、テンやタヌキ、ハクビシン、アナグマなどの糞には植物の種子がとても多く、動物を理解するにはやはり植物の知識は外せないのがよく分かる。
 隊長の糞調査から見えたのが、これら食肉目の動物がエサの少ない冬から春に落ちたサルナシやマメガキ、ケンポナシはもちろん、キブシやツルウメモドキなど小さく栄養のなさそうなものまで頻繁に食べていたこと。本来は肉食のはずだがエサがないとここまでするのである。
 この探検隊のメンバー数名が私の船に乗り一度釣りをやったことがある。釣った魚を駅前の店に持ち込み親睦会となったが、残った魚や料理、刺身にしたタイの頭やアラなどをそれぞれ持ち帰りきれいに食べきってくれた。ふつうあまり見ることのない光景だったし、あとでネコも舐めるところがないほど食べた様子を聞いてとても感動したが、このとき日頃野生に接しているからこそこの結果で、当然なのだな~と思ったのだ。


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「白銀林道/野生生物探検記」13

●リスの住む森

16、ハクビシンも現る

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ビートベッドでリスを待っていてふと気づくと林道上にハクビシンポツンといて、トコトコ近づいてきた。

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途中、落ち葉のたまりの中に何かいたのか気になる様子で匂いを嗅いでいた。

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5メートルぐらいまで接近し、私の匂いに気づいたのか鼻を高く上げ逃げ腰に。この写真も上の写真も元画をロストしたが今回一番上の一点が残っているのを発見した。


 写真のハクビシンを撮影した日付は2007年3月22日となっていた。
 このハクビシンも檜からヤシャブシへ続くリスの橋を誰か渡らないかと桑の木の下で待っていたとき、ふと気づくと路上にポツンといたのである。動物の出現はほんと不意なことが多くいつもエッと驚かされるが、特に舗装道路の場合、足裏の肉球の消音効果か、まるで足音が聞こえないから視線を移したらそこにいた、という場合がほとんど。
 そして、こちらもじっと音を立てず身動きも最小限におさえているので、相手も気づかないのだ。リスに初めて遭遇したときに不思議だったのが、相手から丸見えで、しかも2メートルと離れてないのにまるで私が透明人間であるかのように気づかなかったこと。
 ハクビシンが現れたときもビーチベッドに座ってはいるが、姿が見えているはずなのに林道をトコトコ歩いてどんどん近づいてきた。しかし、10メートルほどに接近すると何か異変を感じたのか、鼻を中空にもたげて匂いを嗅いでいた。そして5メートルまで近づいてやっと気づいたのだ。
 そこから早足で戻っていったが、このとき野生動物は動くものにはすぐ気付くが、動かずじっとしていると分からない性質をもっていることを確信した。視力が悪く、図形認識も弱いのだろう。視力よりも匂いを嗅ぎ分ける鼻や耳の方の情報がまず先にあるのかもしれない。
 またハクビシンはクマやテン、霊長類などと同じ足裏全面を地面に付けて歩く蹠行生動物で、尻尾も太く長いから安定感がよく木登り上手で、テン同様木の実を好んで食べている。この初めての遭遇からのちに何度も見ることになるが、あるときなど2メートル以上の高さの垂直なコンクリート壁を頭を下に向け這うように降りてきたことがあった。
 普通ならドスンと落ちると思うが、体を壁に密着させゆっくりと降りてきたから驚いた。よほど体が柔らかいのか。知り合いが電話線の上を歩いているハクビシンを見つけ水道のホースで水をかけても落ちなかったと言ってたからバランス感覚がとてもいいようだ。
 しかし、ハクビシンの糞は1000メートルの山の上でも見るし、もちろん林道にも多いし、海岸近くで姿を確認しいてるしと、いまやどこにでも生息する外来種。こんなに身軽でなんでも食べ、人家の天井裏で寝たりするから、テンやタヌキよりはるかに数が多くなっているかも。ハクビシンには天敵もいないし、これから先もどんどん増えていくだろう。


「白銀林道/野生生物探検記」12

●リスの住む森

15、マツ枯れが進行しリスの姿が少なくなる

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 リス観察を始めて4、5年目ぐらいから白銀林道周辺のマツが急速に枯れてきた。それ以前からもマツがポツポツ枯れているのは分かってたが、リスの巣が掛けられたよく見知ったマツが何本も枯れるからその感が強くなってくる。
 そして、あらためてマツ林を見直してみると、マツ枯れは恐ろしいほど進行していて、一部のエリアで全滅のようなところもあった。マツ枯れは枝先のほんの少しのマツ葉が茶色に変色したのが見えたらそれから1年もかからず全部のマツ葉が褐色になり枯死してしまうのだ。
 その原因はマツノザイセンチュウという線虫が樹体内部の管類を閉塞させ、水を吸い上げることができなくするため。マツノザイセンチュウは自らは移動できずマツノマダラカミキリによって媒介されるが、これを防ぐことは莫大な労力と費用がかかるため行政も手出しができないままただ眺めているだけなのかもしれない。
 白銀林道周辺のマツ林は2007年ぐらいから数年の間、著しくマツ枯れが進行し、始め10パーセントぐらいだったのが2、3年後90パーセントまで枯れてしまった林もいくつかできた。こんなマツ林にも以前ならエビフライがたくさん見られたのに、リスは巣も掛けられずエサもないから当然のごとく姿が見られなくなってしまったのだ。
 小鉄の桑の木の橋の縄張りにあったマツの橋もその隣のマツも枯れ、その枝で毛づくろいしたり逢いびきする姿はもう写真の中だけの記憶になってしまったのだ。マツの橋から東へ100メートルあたりにあった数個の巣のマツも枯れたし、オオタカが現れたり、クマシデのある遊歩道のリスの巣のマツも枯れてしまった。
 死んだ子の年を数えるようで虚しいのだが、マツ枯れは当然ながらリスの生活環境を極端に歪めてしまいその数を大きく減らした。マツはあってもエビフライが見られなかったり、新しい巣を発見することがほとんど無くなってしまったのだ。
 マツ枯れした林が数年経てばもともとマツが無かったかのように見える。丹沢周辺の山にはマツが少ないが、白銀林道よりずっと前にマツ枯れがあったのだろうと思う。その丹沢にはオニグルミの木がたくさんあり、多くのリスが生息している。その巣を掛ける木はマツが無いからか朴木や杉だったりクルミだったりとまちまちで冬場葉が落ちて巣が丸見えなのもあるから驚かされる。
 なので、白銀林道でもリスの巣木が変化している可能性も考えられる。林道の西端でモミの木に掛けられた巣を一つだけ発見してるから、人や猛禽などの視線圧のある林縁にマツが無ければその代りを探すはず。マツ枯れは止まりはしないが、いっときの勢いはなくなり、徐々に減ってきているようにも見える。
 リスに出合う機会はだいぶ少なくなったが、新しく巣材を採った杉の木を何本も見ているし、枯れたとはいえエサの松ぼっくりのなるマツはまだたくさんあるし、とりあえずは細々とでも生き繋いでいくだろうと考えている。
 
「白銀林道/野生生物探検記」11

●リスの住む森

14、クマシデの枝にリスがいた

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桑の実が終わり、リスが見えなくなった秋、クマシデの実を食べる姿を発見する。リスの後ろにたくさん果穂が生っている。
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果苞を開くと松の実のような小さなツブツブがたくさん付いていた。食べてっみたら脂肪が多く、美味くて高カロリーなのが分かる。
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 2005年の秋のこと。桑の木周辺は桑の実が終わってからすっかり静かになり、小鉄の姿も見えなくなっていた。食べ物が変わり、行動形態が変化したのだろうと想像できるが、しかしどう変わったかがまったくわからない。
 リスがいま何を食べてるか知りたくて、守山リス研究会のニホンリス観察の手引きにある「どんなものを食べていますか?」を見ても、ヤマグワの果実やアカマツの種子、アケビの果実は林道にあるものの、他に記載されてる多くが林道にないものばかりで、アケビも何度もチェックするがリスの姿を見ることはなかった。
 リスが年間で一番食べていると思える松の実のエビフライの状況を観察しながら、ヤマグリやドングリならまず食べているだろうと、林道を外れて遊歩道や森の中へ入ったりしていた。
 何度もボウズをくらっていたある日のこと。オオタカを見た遊歩道へ50メートルほど入ったあたりで、ふと見上げたら一匹のリスが15メートルほど先の細い枝で何かを食べている姿が目に止まった。この木は遊歩道から数メートル笹ブッシュの中へ入ったところに立っていた。
 リスまで少し距離があったがなんとか撮影でき、しばらく食事風景を観察させてくれた。リスが消えたあと、写真を拡大し確認すると、何か枝に生っている房のようなものを手に持っていた。その木の下あたりへ行ってみると幾重にも果苞が重なった果穂がたくさん落ちていて、果苞をめくってみたら、松の実のような小さなツブがたくさん入っている。
 試しにこれを食べてみたら松の実のような脂肪があり、意外と美味い。クルミもそうだがリスはこのような高カロリーのものを食って高い運動能力を維持しているのだろう。この木は調べてみたらクマシデといって、林道周辺を探したらすぐに何本か発見でき、これが多くのリスのエサとなっているだろうと分かった。
 それから遊歩道のクマシデ通いがしばらく続いた。やっと見つけた新しいリスのエサだが、しかし狭い遊歩道の坂道を上って近づくと、リスからはこちらが丸見えで、足場は平らでないしイスやベッドを置くスペースもない。どこかいい場所がないかとクマシデの下まで行くと今度は高い笹ブッシュが邪魔で枝のほとんどが見えなくなる。とても観察しずらい場所だった。
 しかたないので、最初に発見した場所までそっと行き、立ったままリスがいないか確認し、しばらく待ってこなければあきらめる、という具合。それでもクマシデの実がなくなる短期間に何度か出合え撮影することができたのだ。
 その翌年の秋も期待して行ってみたが、遊歩道のクマシデは果穂がほとんど見られず、リスももちろん現れなかった。前年、あれほどたわわに果穂を付けてたのに、次の年はまったくダメなんてことが植物にあるんだとこのとき初めて知ったのだ。 
 その後、他の場所でもクマシデを見つけ、リスがいないかチェックしたが、何度観てもその姿を確認できることはなかった。だが、2007年の10月にまた遊歩道のクマシデでリスの姿を2、3度見ることができた。ただ、そのころから周辺の松枯れがひどくなり、リスの姿がめっきり減り、巣もエビフライさえもだんだん見えなくなっていったのだ。


「白銀林道/野生生物探検記」10

●リスの住む森

13、桑の木の橋を縄張りとするオスリスを「小鉄」と命名

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2005年6月25日撮影。尾が「へ」の字に曲がり、右耳の中程が「コ」の字形に大きく欠けたリスを「小鉄」と命名。睾丸が黒ずんで膨らんでいるのは生殖期のオスリスの特徴。オープンで危険な松の橋の上で毛づくろいを始めた。小鉄の巣から10メートルぐらいの場所。
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松の橋のとなりにあるミズキの枝に現れた小鉄。拡大してみると右耳がコの字に欠け、尾がへの字である。後ろの松が上の写真の松。
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桑の木の橋の反対側の木へ現れた小鉄。その距離5メートルもないぐらいで、私を見ながらどうしようか迷っているが、慣れを感じさせる姿だ。松の橋を渡り、山側のブッシュを走り、桑の木の橋へ渡ろうとしている。


 私は撮影した写真を情報を得るため何度も見直しているが、桑の木やミズキ、ヤシャブシの橋に出てくるリスの写真を見ていて一匹のリスの尾の形に特徴があるのに気づくようになってきた。
 尾が「へ」の字状に曲がっていて、リスらしく尾を丸めた姿をしないのだ。これで個体識別できないかとピンボケ写真まで詳しく見ていくと、2005年6月25日に撮影した尾がへの字のものの中に右耳の中程がコの字形に大きく欠けているオスリスの写真があった。
 オスと分かったのは生殖期に入ったオスリスは睾丸が膨らみ黒く色づくことから。
 それからまたすべての写真を調べなおしたら、尾が曲がりコの字に欠けた右耳の個体がたくさん確認できたのだ。尾が中折れしたり耳が大きく傷ついているから、当時流行っていたマンガの「じゃりん子チエ」に登場する傷だらけの歴戦の強者猫「小鉄」みたいで、その名前をもらい「小鉄」と命名したのである。
 この小鉄の個体識別ができたことと、小鉄が松の橋の隣の松に発見した巣に入る写真から、桑の木の橋の実を食べに来た別個体がいたことや、東へ50メートル離れた別の桑の木に何度か出た親子連れを桑の橋で見ないことなど分かってきた。
 また、桑の橋から東へ100メートル離れたあたりにも巣をいくつか発見し、小鉄とは別のリスが生息しているのが分かったし、その近くのミズキや桑の木にも何度か見ているし、リスは他の個体と意外と接近した生活をしていたのである。


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桑の木の橋から東へ100メートルで撮影した子リス。この周辺で親子連れを何度も見ているし、巣もいくつか確認している。追記:思い出した、このときは2頭の子リスが追いかけっこしてて、この木の上にもう一頭がいて、この子が追い詰めていたのだった。逆だ、この子が上のリスに何度も追い払われ、登ったり降りたりを繰り返していたのだ。噛み付かれたと思える鳴き声も上げていた。やはり記憶は危ういね。

 そして、私がたまたまビーチベッドを広げたのが、小鉄の巣近くで生活のど真ん中だったわけである。だけど、この長くたくさん実をつける桑の木やミズキのある魅力的な場所を捨てるわけにもいかず、何時間も陣取る私にかまっていられないと腹を空かせて出てくるようになったのだ。
 その後、別の桑の木をチェックしていて、ここから2キロ近く西の桑の木の実を食べるリスも観察できるようになったが、しかし小鉄のように姿を堂々とさらけ出してくれることはなかった。
 なぜ小鉄だけが出てくれたのだろうと考えてみたが、やはり私が何度も通ってきて、危険がないのを知り、慣れたのだろうと思えた。また、桑の木が15メートルぐらいと高いのと、橋を渡り逃げることもできるし、一度飛び出してみて恐怖が軽減されたかもしれない。
 それと、ビーチベッドで待っていたとき、林道の先からノスリが低空飛行してきて、目の前数メートルで慌ててターンして逃げたのが2回あったが、小鉄は人間を利用してノスリを回避してたかもしれない。
 ノスリはリスがいるときは上空を旋回していることが多いし、いつかリスの橋の枝に止まっていたこともあったが、私がいれば、少なくとも近づけないだろうし、テンだっていやだろう。のちに、ノウサギがテンから逃れるのに私を利用したことがあり、状況は違うがリスだって利用するかもと考えたのだ。