湯河原・真鶴の野生生物を観察し、写真に記録すること。
重文にすべきでしょ? 正確でないのか?


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ネット検索してて、面白いもの発見! ま、ヒマな人はじっくり見てくだされ。

しかし、びっくりしたのが、1800年頃に気球で空を飛んでいたのや、グルグル空を回る観覧車があったりしたこと。あと、北アメリカとか南アメリカ、アシアなど、今と同じ呼び方をしてるのも驚いた。下にこれの説明文を転載するが、「環海異聞」というタイトルがよくないね。

環海異聞(かんかいいぶん)
宮城県指定有形文化財
寛政5 年(1793年)、寒風沢島出身の津太夫と左平が乗った若宮丸は、藩米と木材を積んで江戸に向けて石巻港を出航しましたが、悪天候にみまわれ遭難し、ロシア領の島に漂着しました。
帰国を望んだ津太夫と左平ら4 人が、ロシア初の世界周遊船ナジェジダ号に乗船して、文化元年(1804 年)に長崎に入港。津太夫と左平は「初めて世界一周した日本人」になったのでした。
『環海異聞』は、彼らの見聞きしたことを仙台藩の蘭学者・大槻玄沢がとりまとめたものです。鎖国時代の当時の社会において、海外の情報を伝える貴重な資料であり、その後のロシア政策に大きな影響力を持ったと言われています。

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なぜ木の上にコケの塊があるの?


2014:3:17:0113


17日のいくつかの発見の一つに、この木の枝のコケの塊があった。リスの巣の小枝の隙間を埋めるのにコケは使われるが、巣の大きさぐらいの塊が、しかも葉をすべて落とした丸見えの枝の間に、まるでリスの巣のようにあった。しかし、リスの巣は小枝を密に組み上げて作るもの。

なのに、地上7、8メートルの巣状の塊は、写真の通り小枝で補強しているわけでもない、コケだけが丸まっている。だけどなぜかしっかり塊としてあり、何者かの巣にも見える。いったいぜんたいこれは何だろう? コケは湿気の多いところにあるから、リスが一時この場所に集め、乾燥させていると、考えることができないだろうか?

または、たとえばヤマネの巣であるとか。どなたかご存知の方、教えてくだされ。


3年目と4年目の松ぼっくりの違いは?


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A、Bは3年目の茶色の松ぼっくり。Cのグレーのはたぶん4年目の松ぼっくり。
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2014-3-17-0260.jpg左上から写真A、写真B、写真C。


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林床に落ちていた松ぼっくりの表と裏(位置を同じにして撮影)。茶色は3年目で種子は残ってない。グレーは4年目?それとも3年目?
2014:3:17:0142


松ぼっくりの1年目は4月に受粉し、2センチぐらいまで育ったところで成長を止め、一年間待機した2年目の4月、次の新しい雌花が出てきた頃から成長を始める。成長途中の松ぼっくりは緑色(青いと表現してた)で、12月に入ってから茶色に替わり、熟していく。そして、12月後半に入ると、鱗片が初めて開き、翼の付いた種子を飛ばし始める。

12月を過ぎ、1月で3年目に入る松ぼっくりは、晴れた日には鱗片を開いて種子を飛ばし、雨などで湿度が高くなると鱗片を閉じる。これを日々繰り返す。種子は一気に全部飛ぶようなことはなく、少しずつ松ぼっくりを離れていくようである。まあ、これには個体差が大きいようで、一年も種子が残っている個体も多く見られるのだ。
3年目の松ぼっくりは、鱗片の先端が艶のある黄金色から序々に褪色して茶褐色となり、鱗片の内側も同様に変色しいていく。これにもかなり個体差が出るが、写真の3月17日のものでもかなり褪色しているのが分かる。

実は、ここから先がよく分からない。3年目の松ぼっくりは茶褐色からグレーへと褪色しいていくのは間違いない。たぶん、6月にはほぼグレーへと変わると予想しているが、まだきっちり確認できてないから、今回の観察で調べてみようと思う。あと、写真A、Bの3年目の松ぼっくりにはたくさん種子が残っていた。きれいに飛ばし切っているのも多いのに、この理由もよく分からない。できるかぎり観察してみたい。

また、写真Cの松ぼっくりは劣化の具合から4年目のものと思えるのだが、枝に残り、落ちてない。この落下するものしないものの差もよく分からない。小さい閉じたまま化石のようになっているものなども見られ、松ぼっくりには、不出来なもの、シイナのようなものなどがたくさんあるのだろうと思っている。

ま、観察中に風で落下してしまうものも多いだろうし、同じ状態のものを同時に数個、平行して撮影する必要がありそうだ。


枝先から白い芽が伸び始めている


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2014/3/17の松ぼっくりの状態。昨年4月に受粉した子ボックリは成長を止めたまま一年間待機している。
松の枝先で真っ直ぐ白く空に伸びるのは、新しい茎や枝となるもの。その根元から枝分かれした二つの雄花を付けたこれも枝が伸び始めている。



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2009/4/22の枝先。子ボックリはそのままだが、茎が伸びそれに付いている雄花が花粉でパンパン。だけど新しい雌花はまだ見られない。下は上と同日に撮影した別の枝先だが、茎の先端に突起が見える。これが雌花となる。
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2009/4/27の枝先。ごく小さいのが一つだけだが、赤い雌花が出てきている。新しい枝の根元には一年前にできた雌花がまだ待機している状態。下は同日の別の枝だが、こちらの雌花はもう受粉していると思われるもの。この枝には昨年雌花が出なかったようだ。
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17日、低い松の枝を見つけ、子ボックリや雄花の状態を見てみた(最初の写真)。過去にも幾度となく枝に付く松ぼっくりや子ボックリを撮影しているが、なるべく背丈の低い木を探してみても、どれも見上げながら望遠で撮るから、手ぶればかり量産してた。だけど、今回は遊歩道脇の公園風な場所にあり、人工的に植えられたものだろうか、枝が地を這うような低さにあった。

なので、見下ろすような位置に枝先がある。これはラッキーと、チェックしてみたら、毎年春に空に立ち上がる白い芽が、もう出始めていた。ま、17日はこのワンカットを撮影しただけだったが、昨日も同じ場所へ行くことになり、ついでにじっくり周囲を見回すと、数本同じように枝の低い松があり、最初の木よりいいサンプルになりそうなのがたくさんあった。そんで、今年はこれらの成長を一年間きっちり撮影してみようと思った。ま、エビフライ分析と分けて、「松ぼっくりの一生」を追ってみることにする。

とまれ、中学生程度の観察記録ぐらいは作れるだろうと、バシバシ撮影をした。ところが、D300の左のレリーズモードダイヤルの、何かにぶつけて欠けてた部分が、後で薮コギしてたときに引っかかったのだろう、外れてビロ〜ンと垂れ下がってしまった。
カメラを酷使してきたからしかたないと、少し汚れを拭き、昨日のうちに宅急便で修理センターまで送ったが、あとでメモリカードを付けたまま送ったのに気づいた。しかたないので、「松ぼっくりの一生」第一回目は、過去に撮ったもので、一通りラインナップし、それを元に、より詳しく観察、撮影を進めて行こうと思う。

17日の一枚以下はすべて2009年撮影のもので、旧ブログにも一応アップしている。だけど、理解は年月とともに少しずつ進むのだ。


新しい巣穴発見!


2014:3:17:0273
穴の直径はアバウトで27,28センチ。入口に掻き出されたばかりの土と石がある。枯れ枝を置いてみた。
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2014:3:17:0186
林道のあちこちで成虫越冬したテングチョウが飛んでいた。

2014:3:17:0071
シュンランのどの株にも花が開きかけていた。


昨日はいくつか発見があり、その一つがこの巣穴。ここへ行き着くには、遊歩道から30メートルほどの高さ、距離にして100メートルの丘を上り、そこから横へ50メートルのカヤ場を薮コギしながら越える必要がある。でも、案外人間との距離は近い。
だけど、普通は丘の上に上がることも、ましてやカヤ場へ分け入ることもないだろう。しかし、この冬、私は初めて見るが、このカヤ場が刈られていたのである。

カヤはミカンの木の下に敷くために刈られるが、歩きやすい草原が出現したわけだから、意味もなく歩いて抜け、続く森へ入ってみた。カヤを抜けたあたりから、谷になるが、その斜面にこの穴を発見したのである。
穴は指をいっぱいに広げて計ったら、アバウトで直径27、28センチてところ。よく見ると、入口に土と石が掻き出されて、周辺には以前に出されたと思われる大量の土も見える。

穴の中を見たかったが、フラッシュを炊いても上手く撮れないし、棒を突っ込んだら、奥行きはありそうだった。まず誰かの巣穴としてよさそうだが、このサイズを新たに掘るとなると、アナグマだろうと思う。

今日は林道のあちこちで越冬したテングチョウが飛んでいたし、水源の作業路ではシュンランがたくさん芽を出していた。春はもうそこかしこで始まっていた。


作業路に笹で作ったイノシシのベッド


2014:3:17:0171
切られた笹が山になって放置されていた。反対側から見たら大きな窪みがある。長径100センチほど。
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2014:3:17:0155
イノシシの寝屋なら笹の根元が刃物で切ったのと違い、砕けているハズ、と見ると、みなバキバキ。
2014:3:17:0160


2014:3:17:0211
寝屋のそばにイノシシのウンチが。

2011:3:11:8881
2011年3月11日、震災の日に発見したカヤで作られた寝屋。長径120センチ。


いま花粉症がひどく、昨夜は夜中3時にクシャミを連発し、目が覚めてしまったほど。だが、今朝は朝から明るい陽が差して暖かく、8時前から外へ出たいソワソワ気分。そんで、毒を食らわば皿までも、とヤケッパチで久しぶりに林道へ行ってきた。

しかし、林道は法面工事の大型ミキサー車が何度も往復しているし、そのうちに幕山梅林から登ってくる団体さんでにぎやかになりそうである。でも、昨日、新隊員の村田くんが一人林道を歩き、一緒に雪面のリス足跡を発見したあたりでニホンリスに出合っている。リス探索数回目で姿を見られるとは、信じられないぐらいすごいこと! 村田くん、かなり野性度もありそうだ。まずはそのあたりへ行って、そのあと近くに入口のある人の入らない水源への作業路を探索してみることにした。

林道はやはりミキサー車の往来が激しく、リス待ちはすぐあきらめた。で、すぐ作業路へ入ったが、ここでフキノトウを少し頂いたり、エビフライや松ぼっくりを観察しながらのんびり歩いていると、切られた笹が山になって放置されていた。作業路の整備で笹はよく切られるが、こんな風に真ん中に投げ出してあることはまずない。急いでいて、ここだけ捨てるのを忘れたのだろうと思ったが、反対側から見たら大きな窪みがある。まさかこんなところにイノシシの寝屋? そうであるなら笹の根元が刃物で切ったのと違い、砕けているハズ、と見ると、信じられないことにみなバキバキだ。1、2本ナタで切られたものが混じっているが、これは切られたのを拾ってきたのだろう。

しかし、この作業路、たぶん月一度ぐらいしか見回りの人が来ないと思うが、それでもこんなところで寝るか? これがイノシシの寝屋なのは間違いないが、どうも不思議で、よくよく見ていたら黒い玉がコロコロと転がっている。イノシシの糞である。う〜ん、寝屋の脇で普通ウンチするか?
ま、この巣、天井の無いオープンではあるが、脇の笹や小木がひさしになり、小雨ぐらいならしのげそう。それと、笹を重ねているから水はけも良さそうだ。これまで発見した巣の素材はカヤばかりで、笹で出来たのは初めて見た。笹を一本一本丁寧に重ねる作業がイノシシの姿からはちょっと信じがたいが、ブタも野生に返せばそうするのだろうか?

参考までに2011年、3月11日、震災の日に発見したカヤの寝屋の写真もアップしておこう。これは大きな穴で長径120センチあったが、今回のは少し小さく100センチぐらい。まだ成獣ではないのかもしれないね。
ま、久々の驚きだった。


原発はいらないよ!


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11年前に撮影した福島第一原発。高さ5、6mのテトラがあるが、防潮堤は見えない。

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第一の南10数キロにある福島第二原発。こちらも防潮堤が見られない。

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借り写真/東北電力の女川原発は14〜17mの津波を受けたが、15mの高台にあり助かったようだ。


震災直後にも掲載した写真だが、これを拡大してよく見ると、テトラの高さはせいぜい5、6メートルとごく普通。その先に防潮堤も見えないし、13mの津波がくる想定などまったくないように見える。
福島第二原発もそれは同じで、こちらも相当大きな被害を受けているはずだが、調べてみたら一時全電源が喪失し、半径3キロ以内の住民に避難指示が出ていた。なおも翌12日には緊急事態が宣言され、半径10キロの住民に避難指示が出ている。

ところが第二は4系統ある外部電源の内、たまたま一基が生き残り、それをとっかかりに全員で仮設電源ケーブルの工事をし、なんとか冷温停止できたよう。地震が人手の足りない土日だったら、どうなっていたか分からない、危機一発、紙一重の作業だったらしい。それと、第一から10数キロ離れていたためか津波の高さが9メートルと少し低かったことがある。(ただし、第二は第一の避難エリアにあり、情報がまったくとれないから、いまどうなっているか、外部の人間が知ることができない。あやしいと言う人あり)

この二つの原発は9,1メートルの津波を想定した安全基準を元に建てられたと言うが、先に言ったように、私にはまったく無防備のように見える。同じ15メートル以上の津波が襲った女川原発の被害が小さかったのは重要な建物が15メートルほどの高さに建てられていたため。
女川原発の写真を見ると、テトラの高さは同じだがその先に防潮堤のような高い壁があり、これが15メートルの高台なのだろうと思えた。

女川原発は福島の東京電力と違い、東北電力。過去に何度も津波の経験があるから、設計の段階から津波を想定していたのだろうと推測される。一方の東電は、自然をなめきっていたんだろうね。
前にも書いたが、海から見る写真の左側の断崖に土がむき出しになっている部分があるが、これは普通に考えれば波が何度もぶつかったためできたもの。実際、津波の映像にここに超大波がぶち当たるものがあった。そんな場所に建てていいのだろうか。

原発の安全性など、もともとデタラメなものだろう。隕石が落ちたり、ミサイルが打ち込まれたり、航空機が突っ込んだりしたら、完全にお手上げではないか。私が小さなボートで近づいたら、一応警戒船が出てきたけど、足の遅い作業船で、もしこちらがロケットランチャを持ってたら簡単に撃てた。きな臭い政策を次々打ち出す現政権だから、どこかで恨みを買って、いつテロにやられるかもしれない。
そんなだから余計に原発はいらないと思う。


追記:やはりそうだった!

ネットに次の記事が載っていた。

『869 年の貞観大津波を詳しく調べていた元東北電力副社長、平井氏(故人)は、女川原発の設計段階で防波堤の高さは「12 メートルで充分」とする多数の意見に対して、たった 1 人で「14.8 メートル」を主張し続けていたとのこと。最終的には平井氏の執念が勝り 14.8 メートルの防波堤が採用されることとなったが、40 年後に高さ 13 メートル津波が襲来することになるとは。氏はさらに、引き波による水位低下も見越していたとのことで、取水路は冷却水が残るよう設計されていた。』

当時国は9,1mを安全基準としていたから、12mはそれでも高かったのだろうが、安全を考え、歴史・風土を学んだ平井氏が正しかったということ。福島第一と同じ構造の女川原発が、もし福島と同じように経済効率優先で建てられていたら、第二も含めて同時に3個所全部の原発がメルトダウンしてたら、どうなっていたか。女川原発から30キロ圏内には石巻市、東松山市も含まれる。今の数倍もの避難者が出てた可能性もある。それでも原発を再開しようと言えただろうか? 女川の周辺は石巻や塩竈も含め、日本の最大漁業基地。いまでも壊滅的なのに放射能に汚染されたら、二度と立ち直れないのは間違いない。
助かったのは奇跡だろう! 宮城県は平井氏の銅像でも建てて、感謝したほうがいい。

これからは安全なバイオマス発電や小さな水力発電所をいっぱい造り、労働者をたくさん雇い複合的な仕事をやり、地域が活性化していくようにしてほしいと思う、のだが。

グローバリゼーションと風土民情


2014:3:10:2:9955


知り合いの娘(?)シャロンがシンガポールからパートナーのジェシー(右)と仕事で来日。そんで、真鶴のマンション(別荘)へ宿泊し、8日夜の飲み会には私もお呼ばれしたのだが、昨日も港へ散歩にきたから、めずらしく人にカメラなど向けてみた(魚を持つ釣師を撮ることは多いが)。

このシャロン、シンガポールでは有名な女優らしく、雑誌の表紙になったのは何度も見せてもらったが、最近はタクシーのドアにでかい顔写真の広告が貼られ、そこらじゅう走り回っているという。実物はわりとフツーに見えるけど、写真にするとやはり違うもんだ。

シャロンはまた早稲田大学大学院に留学し、経済学をし、成績優秀にて、大隈賞と副賞100万円をいただいたとか。ま、そんな関係か女優を卒業し、これからビジネスの世界へ入っていくようだ。シンガポールって、小さな国で、資源もないし、グローバルの嵐が吹きまくっている社会。シャロンはそれをよく自覚しいていて、グローバルや風土の話などしてたら「風土民情」がシンガポールにもあると紙に書き付けた(シンガポールは英語と北京語)。元は中国の言葉だろね。

ジェシーはすでにメイド部屋のある大きなマンションに住んでいるが、シャロンも先は大富豪になるのだろうか?私はますます貧乏になっていくのに。
i PhoneとiPadを片ときも手放さず、機関銃のように指を動かし文字を打ち込むシャロンを見ていて、おじさん、言葉を失った。


付け足しのようになったが、今日は3月11日である。
風土民情を失った政治家は、復興のことなど真剣に考えてないようにみえる。少しはまともだと見ていた宮城の知事でさえ14mの防潮堤をどうしても造ると言っていた。もっと地域にまかせそれぞれの風土を再生すればいいのに全域に一律高い防潮堤を造るとか、一度決めたら変更できないなんておかしい。
ホントになんとかしないと死んだ人がうかばれないよ。


AISで海の旅を楽しんで!


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東京湾と伊豆七島を結ぶ高速艇。これにもAISが付けられているだろうか?


今日、知り合いのヨットマンから「自動船舶識別装置(AIS)」というのがあり、この装置を船に取り付ければ、視界に見える船舶の位置や速度、大きさなどが分かると教えてもらった。また、そのデータはネットで見えるとも。

そんで、さっそくネットを検索してみたら、それは驚くほどすばらしい機能をもつものだった。この「AIS」は大型船には搭載が義務づけられていて、世界中の海に浮いている船の動静が全て見え、その一つ一つをクリックすれば船の名前や国籍、写真、大きさなどのデータまで見えたのだ。
元々これは危険回避のためののものだが、海や船、旅が好きな人はこの映像を見るだけで、ワクワクするのではないだろうか。そう思って紹介することにした。

釣りの話ではないし、林道へも行けてないので、ま、こちらに。


太いホダ木のシイタケは大きくならない?


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太いホダ木のシイタケが2年目で初めて大きく育ち始めた。

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細いホダ木のは1年目(菌を植えた翌年の春から)から大きく育った。

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今年拾ってきたコナラ。太いのは30キロ以上ある。


ここのところ雨が多く、林道へ行く気分にならない。林道工事や幕山梅林から登ってくる人の多さを考えると、ますます心がなえる。歳なのだろうか?

今日も海が悪く、お客さんに予定を伸ばしてもらったから家でくすぶっている。雨で喜ぶのはシイタケぐらいか。冬の間カラカラに乾いて硬く縮こまっていた小さな頭が、ここのところの雨で急に開き始めた。
昨年、林道工事で切られたコナラを拾ってきているが、これにもそろそろ菌を植え付ける時期でもある。だけど、2年間の経験で分かったのが、太いホダ木のシイタケは小さいのばかりなることだった。菌が木の中心まで回るのが遅くてそうなるらしい。

今年になり、コナラをあらためて拾いに行ったとき、細いのは誰かが持って行ったのかまったくなくて、一本が30キロもありそうな太いのしか残ってなかった。なので、がっかりしたが、2、3日前からこの太い木の小さいシイタケが一気にふくらんできた。
シイタケ栽培を専門にする人には成長が遅いのはダメだろうが、一年ぐらい遅くてもその後大きくなるのならシロウトには問題ない。それどころか、太い木は5年以上採れるらしいし、細いのが3年というからますます歓迎だ。

話は変わるが、森の中にも野生のシイタケがある。リスはキノコが好きだから今頃雨で成長しいたのを食べているかもね。