湯河原・真鶴の野生生物を観察し、写真に記録すること。
「白銀林道/野生生物探検記」3

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リスを待っていると後ろでドスンと音がし、林道の縁石からこれが落ちてきた。

●リスの住む森


5、リスはエサのあるところへ現れる

 リスがヤマグワの実が好物とは知らなかった。
 だが、これを発見してからは、同じ場所へ陣取り、簡易ベッドでパソコンを打ちながら待っていると、ほぼ毎回といっていいほどリスが現れた。そして小さなかわいい姿で走ったり飛んだりし、野生の中でしかみられない生態をたっぷりさらけだしてくれたのだ。およそ1か月半にわたり、のべにして40回ほどリスを観られたのである。
 しかし、これには多くの偶然が作用していた。
 まず、ベッドを広げたのが、たまたま大きな桑の木の下だったこと。
 桑の実はリスにとって大変なごちそうであり、よく実を付けるこの木には人がいても我慢できず現れたのだろうと想像した。
 また、のちに桑の木から20メートルの林道沿いの松に一つと、山側40 、50メートル上の松に一つ、リスの巣を発見する。この桑の木は林道の反対側の木とアーチをつくっていて、林道を渡るためのリスの通り道でもあったのだ。
 ともかく、待っていれば山側からも谷側からも現れた。早いときは5分、遅いときでも2、3時間ぐらい。
 ときには、ベッド横2メートルのところの低い木に出てきて、桑の木まで行きつくこともあったし、2匹で一日に何度も現れたり、たわむれるようなこともあった。
 一度など、こちらにしつこく見られているストレスが爆発したのか、グヮ、グヮ、グヮ、グヮと鳴きながら、周囲の木々を荒々しく飛び回り、大そうな抗議をした。この不思議な行動は、そうとしか考えられなかった。
 また、リスのいないスキを狙ってヒヨドリやメジロなどの小鳥が必ず来た。リスがいてそれが近くなら、鳥はリスに追っ払われる。そんなわけで桑の木は、しばらくの間ずいぶん賑やかだった。桑の実が無くなったとたんまたリスの姿を探すのが困難になったことを考えると、この木が特別な存在なのは間違いなかった。
 ビーチベッドのリス観察は、また別の新たな発見、驚きの連続でもあった。
 ここで寝転がっていることが、リスだけでなく野生のトビラを開く結果となったのだ。
 林道上に猫ほどの黄色い動物がいきなり現われたときは自分の目を疑った。フト気づいたら、林道の真ん中にこいつがポツンといたのである。
 20メートルほどの距離だったが視力0,7の目にも、すぐネコでないと分かったし、山側の高さ1.7メートルの縁石を軽々と登ってブッシュへ消えていったから野良犬でもなかった。初めて見たが、どうやらテンのようである。
 でもこのときは、まだ何かを見間違えたかもしれないと疑っていた。野生で、しかも警戒心が特別強いはずのテンが、はたして人前に出るだろうか。それにテンは夜行性のはず。
 ところが、リスを待っているとこいつが何度か同じ場所へ現れ、いつもブッシュへと消えていく。調べてみれば6、7月というのはリスが子供を育てる時期でもあるし、ここはテンがリスの子供を狙って毎年この時期通う道ではないか、と想像したのである。
 そこへたまたま居座ってしまったのだろう。知識がまだ足りない当時はそうとしか考えられなかったし、野生動物がこれほど不用意に人前に出るのがとても信じられなかった。

 また、ベッドのリス観察では、桑の木や巣の上空にトンビが旋回する姿が毎回のように見られた。
 トンビはときに急降下して桑の木すれすれに飛んだりするし、トンビの姿が上空に見えるとき、リスが木の上で伏せの姿勢で固まることもあるから、トンビがリスを狙っているのではないかと思えてきた。
 野生を失ったトンビにそんなことができるだろうかと観察していると、トンビと少し形が違うのに気づく。調べてみると、なんとノスリという猛禽で、大型のタカだったのだ。
 ノスリの存在などそれまでまったく知らなかった。
 ノスリはトンビよりわずかに小さいだけで、同じように上空を旋回するから、なかなか見分けがつかない。だが、よく見るとトンビの尾羽は二等辺三角形であり、ノスリの尾羽は扇子をいっぱいに広げたような扇形。また、ノスリの腹が白っぽいことでも違いが分かってきた。
 トンビは空を見上げればどこかに飛んでいるが、ノスリは人を見れば隠れる本物の猛禽。ノスリはまた、小鳥や小動物を生きたままとらえる野生があり、他の動物の食べ残しをあさるトンビとはだいぶ違った。図鑑で見たノスリのキリリとした精悍な姿がカッコよかった。
 でも、こんなことがことが分かったのも、この桑の木の下でじっと静かにしていたからで、歩き回っていたらとても無理だっただろうと思う。
 釣りでも本物の上達を望むなら、一箇所ポイントに精通するのがもっとも大切で、あちこち目移りして走り回るとそのときは少々釣れても、海の中の理解がいっこうに進まない。一年を通して一つのポイントの変化を知ると、どこへ行っても同じ構図があるのが見えてくる。
 でも、まさか森の中も同じだとは思わなかった。
 リス探しを始めたばかりの頃、林の中でノウサギの死骸を見付けたことがある。
 上空をトンビがたくさん舞っていいたから分かったが、ノウサギは何者かに少し前に襲われたばかりなのだろう、まだ血の色が赤かった。ところが、このときは、事態を分析する目がないから、ノウサギは病気で死に、それをトンビが見つけて突っついていたぐらいに思ったのである。
 テンを発見し、リスを狙っているらしい姿を見て、はじめてノウサギもテンのエサであるのに気づいたのだ。
 この森にはテンやノスリのエサはまだまだありそうである。
 こんな現場を見たこともある。
 ある日、ベッドに横になっていると、後ろでドサッと大きな音がした。振り返ると、大きなアオダイショウが何かをとらえ、体をぐるぐるに巻き付けている。近づいて見ると大きなモグラだった。林道の縁石の上からモグラごと落ちたのだ。
 ノスリは蛇やネズミなどもエサにするらしいし、テンも小動物を食べるから、これらも当然エサになるだろう。
 この観察ポイントは、桑の実やサクランボ、キイチゴがたくさんあり、リスや小鳥など小動物のいいえさ場となっている。そこはまた、リスや小鳥を食べる猛禽類や中型動物も集まってくる狩り場でもあったのだ。
 海の中でもこれと同じことがよく見られ、そのことを強く実感した。その瞬間、海と森が一気につながったような気がした。
 

6、弱肉強食の海の生態系

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サバに追われたイワシが海面に飛び出したところ。海の中では毎日これが繰り返されている。イワシの目が後ろを見ている?

 ここで森の野生と比較するため海の生態系を少し紹介しておきたい。海の魅力は人の手のおよばない弱肉強食の野生が厳然とあることだった。
 釣りを知らない人や少し知っている人は、魚の目の前にエサを投げ与えれば、すぐ飛びつくように思っているかもしれない。池のコイや、養殖場の魚にエサをやるイメージだ。
 だが、少し考えればそれが大きな間違いであることにすぐ気づく。
 港の堤防でも寄せ餌をまくと小魚がたくさん寄ってくるが、海全体でみればこれらは魚のごく一部で、しかも人慣れしたもの。魚の多くは、サオの届かない沖合にいて誰からもエサをもらわず、自分より大型の魚に常に狙われながらも、自らのエサをとっている。
 そして、そのエサの代表となるのが、シラスとその成魚であるイワシ。このシラスやイワシは動物プランクトンをエサにするが、その存在は他魚のエサとなるためにあると言っていいほど。
 イワシは宇宙的な数で存在し、ある年の漁獲高でみると、日本の漁業が全盛の頃の1200万トンの全漁獲量のうち400万トンがイワシだったこともあるのだ。近年、マイワシの資源減少がいわれているが、しかしカタクチイワシは多いしその構図に変わりはない。
 シラスは浅瀬の岩礁帯にいるときはカサゴやメバル、アジやイサキなどどの魚にも狙われ、沖合に浮かべばカツオやサバなどの回遊魚の大群に襲われる。
 カツオがシラスを食べる場面を見たことがある。本来高速で泳ぐカツオが、集団で海面に体を半分ぐらい出し、口をいっぱいに広げ、すくいとるように食べる。高速で走るときと同じく激しく尾を振るわせているが、尾も海面に出ているからその速度はゆっくり。泳ぎの遅い海面に逃げたシラスを食べるにはそうするしかないのだろうが、そのせいで海面が白く盛大に泡立つから遠くからでもよく分かる。
 カツオにはイワシもごちそうである。
 またあるとき、すごい場面に遭遇した。
 カツオは集団でイワシの群の周りを高速で回って取り囲み、海面に追いつめダンゴ状態にする得意技をもっている。それを見つけた海鳥が、これはチャンスとばかりたくさん集まってきて、遠くから見たら海面に山があるようなぐらいになる。
 漁師はこれを鳥山と呼んで、カツオ釣りの一つの目印にしているのだが、これを沖合でたった一人で見つけ、喜んでボートを飛ばし近づいていったときのことである。
 20、30メートルまで寄っていくと、鳥山の下に真っ黒に固まったイワシ団子が見えるが、その中で大きなシブキが上がっている。なにか大物が跳ねているようだった。そして、ガツッ、ガブッ、とワニがエサにかぶりつくような、歯を合わせる激しい音がした。
 なんと、イワシ団子の中に2メートルほどのサメがいたのである。
 カツオが恐いからか、サメの背中にまでイワシが乗り上げている。その横で一匹のイワシが宙に飛び出したと思ったら、それを追って一匹のカツオもジャンプし、空中でとらえた。イワシはカツオに囲まれ、空からは鳥が襲い、サメまでいる壮絶な殺戮シーンである。
 サメはカツオをとらえようとしたのか、それとも鳥を狙ったのか、よく分からなかったが、あの体をひねって激しく歯を噛み合わせる迫力から考えると、とてもイワシを食っているとは思えなかった。
 海ではこんなことがたびたび見られるのだ。
 イルカがイワシを食べているシーンにもよく出合うし、小型クジラのオキゴンドウがイワシを食べるところも見た。この壮絶な現場はまた、澄んだ海中に太陽の光の束が差し込んだりすると、イワシのウロコが一面にキラキラ舞って幻想的でとても美しいのである。
 50キロクラスのマグロがトビウオを追っかける場面を見たり、ブリの弟分、ワラサの群がイワシを襲って、海面にシブキがあがることもよくある。
 ボートには魚群探知機が積んであり、これで海の中を観察すると、より立体的に見えてくる。
 イワシの大きな群が大型魚に追われ、その形を次々と変化させる。群が包丁でスパッと切ったように二つに分かれたり、またくっついたりする。
 群がボートのすぐ下まで上がってきたと海面に目をやると、一面がギラッと光る。なにか壮大なショーでも鑑賞している気分だ。
 こんな場面がいくらでもあるのが海である。
 沖合だけの話ではない。海はたった一歩岸を離れたところから大自然である。
 たとえば夜の港の中や小さなワンドの岸、早朝の砂浜などにときどきイワシが打ち上げられ、ピチピチ跳ねていたりする。
 これは主に回遊魚、たとえばサバやスズキなど、ときにマグロや根魚までもがイワシの群れを沖から追いつめ、最も岸よりにいたのが押されて海中から飛び出した状態なのだ。イワシは夜、浅瀬や港の中のような場所で休む群れがある。じ~っと目を凝らして暗い海面を観察してみれば、わずかに小さなさざ波がみえることがある。
 外灯の光の当たる場所にはいないが、暗いさざなみの下には海面から海底までびっしりイワシがいて、「押さないでよ、動くと見つかっちゃうじゃない」と、静かにおしくらまんじゅうしている。こんなのがあったら、石でも投げ入れてみてくだされ、水面が一瞬ザバッと波立つから。
 このイワシの群れは夜明けで明るくなる前にもう岸を離れているし、夜散歩で岸辺を歩いているぐらいではまず分からない。
 これらを人が目にするしないは別にしても、海では毎日普通に行われていることなのである。しかも、それが岸からたった一歩離れたところから始まり、カツオがシラスを食うのだってわずかな沖合、相模湾の岸からわずか2、300メートル沖で見られることもあるぐらいい身近なものなのだ。
 にわかには信じられないかもしれないが、私のところのごく小さな港の中に40キロのマグロが入り込み、知り合いの漁師にモリで仕止めれたことがある。水深は深いところでも3メートルもない。また、10トンのマッコウクジラやミンククジラが沿岸の小型定置網にかかったりする。そのぐらいだから、カツオも人間さえいなければきっと岸から50メートルまで近づくに違いない。
 こんなエサを中心とする海にしかないと思っていた野生の営みが、身近な森にもまだ残っていたのである。そして海と同じようにこのことにほとんどの人が気づいてないように思えたのだ。

 
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