湯河原・真鶴の野生生物を観察し、写真に記録すること。
この釣り鈎「うなぎの穴釣り」に使ったのでは?

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私が使っている比較的大物用の現代鈎。

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これが2万3000年前の今回沖縄のサキタリ洞遺跡で発見された世界最古の貝殻で作られた釣り鈎。

歴史の教科書で習った後期旧石器時代(約3万年〜1,5万年)の人々の生活は、半分裸みたいな格好で、槍を手にナウマンゾウを追っているようなものだった。定住する家を持たず、体は毛深く、動物を追う狩猟の旅をし、洞窟などで生活していたと。まあ、原始人に近いようなイメージがあったのだ。

だけど以前、丸木舟の歴史を調べていて、7000年ぐらい昔のものが出土しているのを知り、驚き、その工作の素晴らしさに信じられない思いがした。現在アフリカあたりで使われている丸木舟よりもできがいいかもしれない。それからというもの人類の2、3万年ぐらい前は実は今とそう変わらない知能や姿だったかもしれないと考えるようになっていた。3万年前はまだ氷期で、かなり寒いはずなのに、裸に近い格好でしかも裸足で森の動物を追うというのもあやしいと思う。

また、この釣り鈎は当然糸を結んぶわけだから、カラムシの茎から糸を作る製法も知っていたろうと想像できる。動物の骨で作った針で毛皮など縫うだろうから、イヌイットのような靴を履いていてもおかしくない。糸があればロープも作れるし、編んで魚をすくう網もできたろう。網が編めれば布も織れそうではないか。

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こんな道具が作れるのだから、知的レベル、技術は今と変わらないのではないだろうか。
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ナイフ形石器。これも刃先が鋭く、鋭利な刃物といえるのだ。このあたりが包丁やナイフ、鎌のような役目をしていたのだろう? きっと砥石で研いでいたのだ。

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返しがあるし、チモトを削っているし今の鈎とまったく同じ。左の縫い針、の穴の小ささ。見事。

上は借り物の写真やイラストだが、動物の骨で作った釣り鈎を見てくだされ。今回発見された釣り鈎には返しがないけど、これには小さいのがつけてあるし、糸を結びやすいようにチモトも削っている。針の穴の小ささから使った糸の細さが分かるね。この釣り鈎は現在もものとまったく同じだけど、後期旧石器時代のものなのだ。2万3000年よりは後かもしれないが、15000年より古いのだ。この知恵と技術をもってして、現代人とどこが違うというのだろう。

で、発見された釣り鈎、返しがないからどう使ったか不思議で色々考察してみた。糸は結べるから釣り鈎で間違いないだろうが、返しがないと餌も釣れた魚もすぐ抜け落ちる可能性がある。サキタリ洞遺跡からは同じ場所からうなぎやアオブダイを焼いた痕跡があり、発表ではこれらをこの鈎で釣っていただろうとしている。そこでうなぎの釣り方を調べたら私も子供の頃やった「つけばり」というのがあり、ドバミミズの餌を鈎に刺して一晩置いて、朝回収にいくというもの。だけど、これだと餌が抜けてしまうし、他の餌でも同様で、鮎などぶつ切りにして深く刺せば可能性があると思ったけど、魚なら食料にしてしまいそうだし、ちょっと疑問。

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で、探し当てたのが写真の竹を使った「穴釣り」木の棒でもいいけど、ミミズやドジョウを鈎に刺し、鈎を先端に引っ掛けてうなぎの寝床に差し込むこと。こうすればうなぎがくわえたらすぐ糸を放せば鈎ごと飲み込んでくれるだろう。鈎先は実際はもっと尖っているだろうし、砥石も携帯していた可能性がある(現代の釣りでもやる)。餌は、小さな沢蟹でもよさそうだが、実際何を使ってたかが気になる。

あと、アオブダイは私は釣ったものではないかもしれないと思ってる。サキタリ洞遺跡は海の近くにあり、浅い川を遡上してきたアオブダイをモリで突いたのではないだろうか。というのも、以前小笠原のケータ列島の無人島に上陸したとき、砂浜をチョロチョロ流れる小川の中に大きなアオブダイが2匹、体を水面から半分ぐらい出して腹を擦りながら泳いでいた。一度しか見たことないけど同時に2匹いたことを考えると、そんな習性があるのかもしれない。普通は海の水深数メートルと少し深いところに生息しているから、これを返しのない鈎で釣ることは容易でないはず。ま、そんなことえお考えてみました。

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